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一話 後波 二話 雄大な男 三話 海と待ち合わせ

第三話
海と待ち合わせ


僕らの学校は鎌倉の海の目の前にあり、観光客で賑わう鎌倉駅から、電車で乗り継いで30分もしない所にあり、駅から歩いて5分ほどの場所にある。
そこで僕と真奈美は高校3年生だ。僕といえば背が高くもなく、メガネを掛けていて自己主張も少ないいわゆる草食男子というものなのだろう。
名前は小畑泰人。有名な漫画家から一文字名前を取ったと親に説明を受けたが、僕は漫画を読まないので漫画好きという血筋は受け継がなかった。

真奈美は晴野真奈美といい、吹奏楽部の副部長をしていた。もう3年の春だから部活には出ない。勉強もスポーツも出来る方で、はきはきとした活発な女子だ。
僕には言えないこともずばっと切り込んでしまうあたり、恐れられている部分もあるが、それは彼女にとっての素直さにも繋がっている所なのだろうと思っている。
高感度は高い。事実後輩にもよく慕われていて、一緒に喫茶店いくんだ~なんてそれが趣味になっているみたい。鎌倉はカフェがそこかしこにあるから、行った事のないカフェを巡るだけでも高校生活終わってしまうだろう。


この駅のそばにも、目の前の広い海を特等席で一望できる客席を持ったとてもファンの多いカフェがある。
そちらの方に目をやる。
開店前なのにオープン待ちで並んでいる人がいる。暇なやつらだ。
午前中とはいえ日影が少なく、今日も夏晴れして気温が上がってきていて、じりじりと成す術もなく日差しを浴びせている。

夏休みに入ったからだろう。同じ年くらいに見える二人組のうちの一人が、日差しを遮ることの出来る少ない場所を彼女に譲っている。
ッチ。
その後ろの社会人とみられる女性3人組は、太陽のせいで触れない程熱くなっている階段を、ハンカチを敷いて日傘をさして上品に腰掛けている。


「今日も暑いな」
それを横目で見ながら、横断歩道が青信号になるのを見て渡り、正面にあるコンビニでペットボトルの御茶を買い、外に出たところで蓋を開ける。
叔父さんが優勝した時も、夏に入ったばかりというのによく晴れて、こんな暑い夏の日だった。大会のために時間を費やし、準備した。

「懐かしいよな、まだそんな時間経ってないのに。」

ペットボトルの御茶を口に含み、喉を潤す。ペットボトルといっても、お茶の香ばしさが感じられ、その風味と甘味が、この間食べたぜんざいを思い出させ、まるでその味も一緒に存在しているかのように感覚を刺激する。
蓋を締め、息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出していく。
目の前には海がある。この雄大な大自然を前にすると、日本一を決めるような大会があったことなんて、風に洗われ、なかったかのような錯覚を覚える。大会に奔走したことなど、とうの昔のようだ。

なぜここにいるのかというと、真奈美と待ち合わせしているのだ。真奈美はまだ来ない。
僕は、さっきとは違う方向の横断歩道を渡り、広い駐車場に行くことにした。
横断歩道まで来て、信号が青になるのを待つ。
車が往来する中、反対側で信号待ちをしているサーファーの片手に、白い缶コーヒーが見える。
叔父さんのだ。
横断歩道はほどなくして青になり、渡る。
嬉しい気持ちと、悲しい気持ちが同居する。
渡り切り、海岸へと続く階段から海の方向へと目を向ける。
小学生くらいの女の子が、波打ち際で二人で遊んでいる。
僕は腰くらいまでの高さのあるの塀で囲まれた駐車場へ入っていく。
車で来ているらしいサーファーも海から上がり、体を洗うために車に備えてあるシャワーを手に取っている。
「今日波いいよねー」
「明日も有望だなー」
一緒に来たらしい男と喋っている。
僕は御茶の蓋を開ける。

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